自分らしさを生かす考え方

自己啓発

自分らしさを生かす考え方

最近読んだ本の中で大事なことと、
私自身も共感できたこと、感想や考察などをここまとめていこうと思う。

今回読んだ本は「賢者の習慣」(著:アーノルド・ベネット)だ。

アーノルド・ベネットの賢者の習慣 賢く生きるとは自分の能力を最大限に発揮して生きることだ (単行本) [ アーノルド・ベネット ]

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他人に与える印象

他人に与える印象は、短期間であれば見繕えるかもしれない。

しかし最終的に他人の自分自身に対する印象に影響を与えたり、修正することはできない。

そして何より、自分と他人では自分への印象というのは大きく違っている。

人というのは、
自分自身の一番ダメなところに限って自分ではわからない。

たとえば、友人を思い浮かべよう。

そして一番ダメなところや気になるところを思い出してみよう。

それを相手は自分で理解しているだろうか。

友人に対しては「これ」とすぐに思いつく。
無意識に他人の善悪を自分なりに評価して、印象を持っているのだ。

自分でそのダメなところに気づくのは、
歳を重ねて、第三者の目で自分を見つめ直した時だ。

今、自分がダメだと考えていることと他人の気になっているダメなところは違うのだ。

そしてそれは深層的な行動や心理によってもたらされる印象であり、操作ができるものでもない。

昨今の世の中では、
優しさや思いやりさえあればそれ以外が欠けていても、大抵が許される。
逆にそれらが欠けていて、それ以外が良くても嫌な目で非難する。

優しさや思いやりというのはあくまで一つの才能や性格であるというのに。

身長を伸ばしたいと思って伸ばせないように、
心の優しさや思いやりも、そう簡単には増やすことはできないのだ。

だから他人の悪いところは許し、
広く分析してその人を評価すること。

人々は一人一人が哲学者

あなたはこう考えたことはないだろうか。

「今までの人生にはどのような価値があったのだろうか。」
「何かを成し得ただろうか」
「なんのための人生なのだろうか」

この問いには、無数の答えが存在する。

そしてそれは、その人の人生の考え方だ。

先人の答えとは違う答えを、
常に新しい答えを、この問いは待っている。

人生に生きる中で、
この問いを早くに自分に投げかけ続けること。

この問いが遅ければ遅いほどに、
その問いに対する行動ができなくなってくる。

今の環境に慣れて、もう遅いと分かってしまうのだ。

そして後になって、あの時にこうやっていればこうできたのかもしれないと思うのだ。

何かに挑戦したり、つまづいた時、将来を考える時には、
この問いを常に自分に投げかけて行動していこう。

現在の人生を生きる

人生で失敗しないためには、
将来に希望を抱く本能と現在を生きる本能を互いに妥協させ合うこと。

希望だけ抱いて現実を見ないのではなく、
現実だけを見て将来を見ないのではなく、
お互いをある程度妥協させあって行動することだ。

将来お金持ちになりたいと、現実を見ずに行動しないのではなく、
別にお金なんていらないから、目の前の仕事だけするのでもなく、
ある程度のお金を築きたいと、たくさんの行動をするのだ。

人生においての一番の罪は、人生から逃避することだ。

大事な人生を左右する局面で、
自分のやりたいことを完璧に捨て、社会的な幸福と呼ばれるものにだけ目を向ける。

これでは自分の人生を生きているとは言えないのだ。

現在という時間を蔑ろ(ないがしろ)にしたり、
現在と未来は全く違っているはずだと信じる愚かさに気づき、
本当に充実した人生を生きる前に死んでしまう。

そうなる前に、考え方を改めよう。

幸福の定義

幸福の定義とは、決まっていない。

人によってはお金に不自由なく暮らすことだったり、
好きな人と一緒にいることだったり、
嫌なこと全くない生活だったり、
好きなテレビを好きなだけ見れる生活だったり。

そう、自分で決めるのだ。

だが一つ言うのであれば、
今ここで言ったような幸福は、本物の幸福とは言わない。

もしそれを幸福と呼んでいるのであれば、
それは幸福という言葉を履き違えている。
「快楽」という言葉と。

「社会的な幸福」が幸福であると考えている人や、
心の満足が幸福であるという人もいる。

大事なのは、「内なる声」に素直に耳を傾けることだ。

自分の幸せとはなんなのか、何をしたいのか、どう生きたいのか。

社会的な幸福

社会的な幸福とは、ズバリ言えば他人の考えた幸福だ。

しかし多くの人間は、自分もそれに当てはまれば、
それが幸福なのだと考える。

  • 一軒家を持ってお金に困らない生活
  • 大切な家庭を持つことができた
  • 高級な車で仕事をせずにドライブしていられる

どれもが皆、幸福であると思ってはいないだろうか。

そして、それらを持っている人は皆、同じように幸福であるだろうか。

  • お金持ちでも自殺する人もいる。
  • 家庭を持って不幸になる人もいる。
  • 高級な車でドライブしてても何もやりがいを感じなくなる。

そう、これらはただの承認欲求を満たす快感であるのだ。

その快感を幸福であると思い込んでしまっているのだ。

幸福の意味を子供っぽく誤解してしまっている。

人の幸せや社会的な幸せが自分の幸せではない。

心の満足

心の満足とは、
ありのままの自分を受け入れ、
虚栄心を持たず、多くを求めず、
自分の心の中に天国を作ることだ。

とても分別のある生き方だ。

まさに高級レストランにいることが幸せと感じるのではなく、
自分がしたいと思っていることができているということに幸せを感じているのだ。

そして、他人に対する思いやりの心こそが至福の源なのである。

ボランティアに参加することではなく、
他人に対して行動ができたことに喜びを感じるのだ。

2つに共通するの落とし穴

これらの幸福の感じ方には、
共通する落とし穴がある。

それは「内なる声」を聞いているのか。

本当に自分がしたいと思っていることを、
自分自身に聞くことができているのか

後者の心の満足も、
私はこう生きてはいけないと何かに縛られていないか。
無理にそれが幸福なのだと思おうとしていないか。

もちろんとても素晴らしい生き方ではあるが、
本物の幸福を理解しようとせず、逃避してしまっては、
結局それも幸せの幻想に過ぎないのである。

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「本物の幸福」

本物の幸福とは、

  • 自分自身の能力を存分に活かし使う満足感。
  • 精一杯ひたむきな努力をした先に得られるもの。

である。

例えをあげるならば、

社会的に幸福であるとされる、大手の安定企業に勤める。
だが自分自身には挑戦してみたい職種もある。
結婚を考えている恋人がいるから、その挑戦は諦め、
家庭を持つことにする。

これは一般的な社会の目で見ると、
ごく一般のことで、むしろ幸福の部類である。

お金に困らず、家庭を持つことができ、
不安なくこれから生活していくことができる。

だが、その諦めた挑戦を思い返すたびに、
後悔という不幸が反復して繰り返される。

もしその挑戦をしていれば、
社会的に不幸だと言われる貧困層に入り、
生活は安定せず、家庭を持てるかどうかもわからない。

だが後悔なく、才能の開花をする可能性すらある。

本当の幸福とは、
自分自身の能力を存分に発揮できる人生なのである。

たとえ貧困層であっても、
人生において自分の能力を発揮できている人は、それを幸福とも言えるのだ。

大事な2度とないような局面で、その挑戦に応じなければ、
ずっとその後悔や不幸がついてくる事になる。

自分のやりたいこと、実現したいことに耳を傾け、
自分に素直に行動するようにすること。

文学とはなんなのか

私自身も自分磨きのために、読書の世界に入った。
文学とはなんなのか、正直まだ自分にもよくわかっていない。

人生を生きる中で、生きる知恵を増やす者であるとだけ考えていた。

だがその文学の世界とは一体なんなのか。
それがこの本には書いてあった。

文学とは単なる趣味や暇な時間を潰すものではない。
高貴であることや博識であることの象徴でもない。

文学とは生きる上での必要不可欠なものなのである。

文学における恩恵をいまだに感じることのできていない者は、
いまだに母胎の中で眠っているようなものだ。

文学とは、自分自身を目覚めさせ、生き生きと生きるための力や、喜び、共感し理解する力を強める。
そして、世の中を理解することであるということ。

人生を生きる上での一つの手段であり、生きていくための知恵なのであると。

確かに、他人の文学に触れることで、
新しいものの見方や、考え方が増えたような気がする。

実感というものがないものの、
自分では考えなかったであろう問いやその答えを、
読書していくうちに得られたと思っている。

だからこれからも私は、
自分自身の人生を磨いていくためにも、文学と触れ合っていきたいと思う。

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